それからハブに直帰できたわけではもちろんなく、モモとエルマーは第九八球に戻ってトルネリコ周辺がどう解決したかを見届けた。 姿を表せばいろいろと説明が面倒になりそうだ、という意見の一致の元、少し離れた地域で衣服を調達し、変装した上でこっそり遠…
「その答えすら、私にはもう差し出せない」 口が、勝手に動いた。けれど不思議と、体が乗っ取られているとか、操られているというような感じはなかった。「ただ、これだけは」 自分にこんな声が出せるとは思わなかった、と驚き、そして気恥ずかしくなるほど…
夕暮れ近くになってようやく静かになった小屋の中で、エルマーは大きく息をついた。 夜明けとほぼ同時に眠りについたエルマーが次に目覚めたとき、いったいどうしたものだか、数名の若い娘が小屋の入り口で待ち構えており、昼食だと称してたくさんのパンや菓…
モモは目が覚めると、起き上がるのを試みる前に体の自由が奪われていることに気が付いて、大きくため息をついた。腹がひどく傷む。みぞおちに拳を一発、という実にシンプルな方法で気絶させられたものらしい。手首を麻紐のようなもので固く結ばれている。背…
血が繋がってなくたって、嘘をつかれていたって、生きてるならそれでいいじゃない。と、思わなかったとは言えない。モモは瞼がつくった闇の中で考えた。ただ、そんなことよりも。そんなふうに恨めしく、妬ましく思うよりも、ただ……、淋しい、と思った。 あま…
兄妹、という設定付をしてしまった以上、仕方のないことだとは思うが、この狭い小屋に同年代の女性と二人で過ごす、というのは気まずいものがある。と、いうエルマーの心配を知ってか知らずか、モモは何のこだわりもなくあっさり横になり、仮眠を取り始めた…
トルネリコが近づくにつれて、周囲の様子に変化が見られた。図書館で感じた、誰が何をしていようが気に留める者などいないというような、都市気質の雰囲気が薄れ、代わりに排他的な空気が濃厚になってきた。端的に言うと、住民たちの好奇の目を感じるように…
義足ジャンパーだというこの小柄な少女をどう扱って良いか、エルマーにはわからなかった。少女、にしか見えぬが同い年だという彼女は、見た目に反してしっかりとした物言いをする上、エルマーの差別的な発言にも怯まず、また激怒することもなく理性的な反論…
『第98球における調査任務 ホウル国北東地方の基本情報更新のため、統治状況を中心に再調査のこと。任務着任は本日より三日以内に』 任務内容を3回読んでから、モモは通信端末に第98球の基本情報を呼び出した。これが、モモたちの調査任務の結果、書き…
社長室へ出向くべき時間にはまだ余裕があったため、モモは食事をするべく社屋を出て繁華街へ向かった。チキンシチューの味が気に入って、よく足を向けるようになった『小鹿亭』に入る。店内は、真っ昼間だというのに酒を煽って盛り上がる面々で賑わっていた…
母の顔が、思い出せない。 父の顔も、思い出せない。 液体に半身をひたして手を伸べる母の顔は、長く黒い髪がうねうねと覆い隠してしまっていたし、父は後頭部をこちらへ向けていた。 寒かった。 こめかみだけが温かく、鼻がツン、と痛んで、自分が泣いてい…
丘は、半分ほど上がると、木々が深く林になっているところと、開けて原っぱが広がっているところに分かれる。ペシェとメロはいつも、原っぱの方で足を止めていた。メロはよく、ここで写生をする。 「じゃあ、あっちの、木が多い方にはあまり行かないんだ?」…
近道と言ったのは嘘ではないけれど、脇道を選んだのには別の理由もあった。丘に向かうにはペシェが通う学校を越えて行かなければならない。通学路になっている大きな道の周囲は、同級生たちに出会う確率が高かった。できるかぎり、遭遇は避けたい。 どんなに…
翌日の朝8時ちょうどに、時計広場へ行くと、モモはすでにやって来ていた。ペシェの顔を見るとちょっと眉を動かしたが、何も言わなかった。昨日の、親しげな感じとは随分違う。 「おはよう……」 「おはよう」 挨拶は返してくれたので一応は安心して、ペシェは…
吸込青(すいこみあお)、という色がある。 真夏の昼過ぎ、いちばん日差しの強い時間の、入道雲のむこうに広がる空の色である。ほかの色という色を、すべて吸い込んでしまった深い、深い青は、空を見上げる者の視線を捕らえる。 古代よりこの色は人々の心を…
「ジャンパー」という、あらゆる世界を旅して物品や情報を集める仕事をする者たちがいる。モモは、そうしたジャンパーのひとりである。世界の間を跳びながら、彼女には探したいものがあった……。 紺堂カヤのファンタジー小説『カグの樹の脚』。 2015年、つば…