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カグの樹の脚

つばめ綺譚社の紺堂カヤの小説『カグの樹の脚』を連載形式で順次公開してゆきます。

連載第四回 友だち

 丘は、半分ほど上がると、木々が深く林になっているところと、開けて原っぱが広がっているところに分かれる。ペシェとメロはいつも、原っぱの方で足を止めていた。メロはよく、ここで写生をする。

「じゃあ、あっちの、木が多い方にはあまり行かないんだ?」

「うん。薄暗いし、それに、あっちの方が少し傾斜が急なんだ。僕らはほとんど行ったことがないし、他の子もあまり行かないと思うなあ……」

「ふうん。じゃあ俄然、あっちに可能性があるってことね」

 モモは迷わず、林の方へ向かった。さっきまで先に立って歩いていたペシェだが、またしてもモモを追う形になる。これでは案内にならないのではないかと思うのだが。

「何かを探すことにかけちゃ、あたしの方が慣れてるからこれでいいの」

 ペシェの心中を読んだように、モモが笑った。無邪気なようで、けれど妙に大人びていて、やはり不思議な印象は変わらなかった。何者なんだろう、と、もう何度目かの疑問を浮かべて、けれども、直球で尋ねて答えてくれるとも思えなかった。

「ねえ、モモは……、いくつなの?」

「変化球で攻めたつもりかもしれないけど、女性に年齢を訊くってどうなのー?」

 完全に意図がばれていたこともそうだけれど、無作法さも指摘されてペシェはぐう、と喉を鳴らした。モモはあはは、と昨日出会ったときのような笑い方をした。

「17歳プラス3歳」

「……20歳、ってことだよね?」

「ちがーう!17歳プラス3歳!そこ間違えないで!」

「違わないだろ……」

 女の人ってどうしてこう、若さにこだわるんだろう、とペシェは自分の母親を思い出して首をひねった。

「違うの。…………もう、三年も経ってしまった」

 後半は、ほとんど独り言のようだった。モモの快活な表情に一瞬陰りが見え、ペシェはその淡い変化に見惚れた。その途端に。

「うわっ!」

 樹の根に躓いてしまった。すかさず、モモが手を貸してくれたが、そうでなければ顔面から倒れ込んでいたかもしれない。

「大丈夫?気をつけて……あ」

 ペシェを気遣うモモのセリフが、不自然に途切れた。

「何?どうしたの?」

 起き上がりながら、モモが指をさす方を見ると。生い茂る木々と同じ色の壁を持つ、小さな小屋が見えた。

「うっそぉ……。こんな簡単に見つかっていいのかな……」

「そういうこと言わないのー。いいじゃない、見つかりゃいいの、見つかりゃ。まだあそこに透明な絵具があるかどうかはわかんないんだから」

 モモが小屋の方へ行くのを追いながら、だからその透明な絵具ってのは何なんだよ、とペシェは口の中で呟いた。それを見つけるのが、モモの仕事らしいことは、推察できるにしても。

 小屋、と呼ぶにはしっかりした作りだが、家、と呼ぶにはいささか簡素なその建物は、中に入ってみるまでもなく、誰も住んではいなさそうだった。小屋の脇には、土と煉瓦をこんもりと盛ったものがある。

「あれ、何だろう……、パン焼き窯かな」

「窯は間違ってないと思うけど、パンじゃなくて陶磁器の窯じゃないのかな」

 モモは小屋のドアに耳をそばだてて中をうかがった。

「うーん、長いこと誰も入っていないような感じだけど」

 モモが一応、という感じでノックをするが、返事はない。ドアに対して体をナナメにして、そろり、とノブを引くと、ドアは難なく開いた。すう、と暗闇に埃が立ち上るのがわかる。だが、ドアの向こうがどうなっているかは、ここからはとてもわかりそうになかった。

「ペシェ、とりあえずここにいて。ちょっと中、見て来るから」

「う、うん」

 咄嗟にうなずいてしまってから、自分の情けなさに歯噛みした。小屋の中の、とても昼間とは思えない暗さに気おくれしてしまったのである。

 モモは滑り込むようにドアの向こうへ入って行った。ペシェは、そのドアに身を寄せて、細く開いた隙間から、そろそろと中を覗き込んだ。真っ暗な中でも、モモが動いているらしい気配はわかって、だんだん目が慣れてくると、小屋の中に何があるのかおぼろげにわかってきた。牛の乳搾りに使うような低い椅子の周りに、筆や刷毛や、使い道のよくわからない道具が転がっている。奥の方には、何か同じ形のものがいくつも並んでいるらしいのが見えた。上部が細くなっていて、下部にいくほど丸みを帯びた形状は、壺に見えた。外にあった窯で焼いたものなのだろう。いや、焼く前のものだったのかもしれないが。

 もう少しよく見たい、とドアの開く加減を広くすると、壺らしきものが、きらりと光ったように見えた。

「えっ」

 それが見知った模様に思えて、ペシェは暗闇への恐怖も忘れて小屋の中へ飛び込んだ。すると、踏み出した右足が、がくん、と嫌な感じに沈む。

「えええーーーっ!?」

「ちょ、ペシェ!!」

 床下へ沈まんとするペシェを、素早く駆けつけたモモがすんでのところで引き上げる。けれども引き上げた反動で、今度はモモが、ペシェが踏み抜いてしまった床の穴へ落ちて行った。

「モモ!!」

 引き上げられ、というよりは放り上げられるようにして床の上へ投げ出され、ペシェは仰向けに転がって後頭部をしたたかに打った。痛むのをさすることもせず、すぐ身を起こすと、穴のふちに取りすがるように腹ばいになった。

「モモー!?」

 穴を覗いたペシェの目の前を何か細いものが飛んで行って、ドス、びよん、という音をたてて天井に突き刺さった。

「ええ!?」

「ペシェ顔出すな!伏せて頭抱えてな!!」

 叫び声と共に、モモが床の穴から飛び出してきた。ごろごろ、と床を転がり、ペシェよりも小屋の奥へ行ったところ、壺が並んでいる少し手前で止まった。

「危なかったぁ」

 はーっ、と深く溜息をついてむくり、と身を起こす。良かった、動けるんだ、とペシェは胸を撫で下ろした。

「ペシェ、怪我はない?」

「うん、大丈夫。ごめんなさい、僕、外にいろって言われたのに……」

「あー、うん、まあ、そこは反省していただいて構わないけどね、でもペシェ、あんた見事に大当たりを案内してくれたよ」

「へ?」

 ぽかんとするペシェに、モモは笑って天井を指さした。天井には、竹ひごを随分と太くしたようなものが突き刺さっている。さっき、ペシェの目の前を飛んで行ったものらしかった。

「え、あれ、もしかして、矢!?」

「そうそう。この床下に着地すると発射されるように仕掛けがしてあったみたい」

 モモは事もなげに言うが、ペシェは本の挿絵以外で矢なんてものを見るのは初めてだ。驚きで目を白黒させながら天井とモモを交互に見て、そして、モモの長いブーツにも天井のものと同じ矢が突き刺さっていることに気がついた。

「モモ!!」

「ん?どうした?」

「どうした、じゃないよ、矢が!あ、足に!」

 ペシェは慌ててモモににじり寄った。床を踏み抜かないように、今度こそは気をつけて、であったけれど。

「ああ、そうだった。この部分で助かったけど、これまたクイーンに怒られるんだろうなー」

 左足の、ふくらはぎの部分に刺さった矢を見おろして、モモはのんびりそんなことを言う。

「うわ、結構深く刺さっちゃったなあ。ペシェ、ちょっと脚押さえててくれる?」

「え、ええ?うん……」

 怪我をしている本人であるはずのモモがあまりに冷静であるために、ペシェもなんとなく気がそがれてしまって、言われるままに、モモの左足を押さえた。と、その感触に息を飲む。

「よいしょ!」

 掛け声と共に、矢を引き抜いたモモの顔を、ペシェは凝視してしまっていた。

 モモの、足は、石のように硬かった。とても血が通っているとは思えない硬さだった。

「心配いらないよ。あたしの脚、義足だから。膝から下が、両脚ともね」

「あ……」

 ペシェが言葉を探して固まっている間に、モモは引き抜いた矢をぽいっと捨てて立ち上がった。凛々しい横顔。強がっているのではなく、本当に心配はいらないようだ。風もないのに、サッと、爽やかな香りがペシェの鼻をくすぐった気がした。

「仕掛けがしてある、ってことは、何か大切なものを隠してる可能性が高い」

「なるほど……。でも、これ以上の危険な仕掛けがしてある可能性も」

「あるね、もちろん。だから、ペシェ、今度こそ小屋から出て待っててよね」

「う、うん」

 モモの背後に目をやりながら、ペシェはうなずく。思わず小屋の中に飛び込んだ理由を思い出した。

「ドア、できるだけ大きく開いておいて。で、何が起きても何が聞こえてきても、中に入って来ないように!いいね?」

「な、何が起きてもって……」

 何が起きるんだよ、とペシェは息を飲んだ。これ以上の危険な仕掛け、と言ったのはペシェではあったけれど、矢が飛んできた時点で充分予想外だったのだ。

「だーいじょぶ、死にゃあしないわよ、あたし異世界人だし」

 モモは快活に笑った。異世界人って不死身と同義語だっけ、と疑問に思わないことはなかったが、不思議とこの場面では、それが一番納得できる理由のような気がして、ペシェも、笑った。

「じゃ、よろしく!」

 モモは、床の穴に下りて行った。ペシェはずらずら並んだ壺の中からひとつを引っ掴んでから、床を新しく踏み抜いてしまわないように気をつけて小屋を出た。薄暗いところに長くいた所為だろう、外が異常に眩しく思えて目を細める。言われた通りにドアを全開にする。埃で白くなっている床は、ペシェとモモが歩いたり転げまわったりしたところだけ板の色を取り戻していた。そして、タライくらいの大きさの、穴。

 何の役にも立たなかったな、と思って、ペシェはその穴をみつめた。今朝、モモから受け取った硬貨を引っ張り出して、握りしめる。この、60ベラを手にするだけの働きが、自分にできていたのかどうか。

 不意に、目の前が翳ったような気がして、ペシェは視線を上げた。真夏の昼過ぎ、一番暑い時間の空、吸込青。それが、だんだん視界の中でナナメになっていくような気がした。……気がして、気がつく。

 小屋が、傾き始めている。

「モモ!!小屋が崩れる!!モモ!!」

 めいっぱい開いたドアから、めいっぱい大きな声で叫んだ。

「ペシェ!受け取って!」

 穴から、モモのものらしき腕だけがのぞいたかと思うと、何かが投げられた。

「ええ!!」

 咄嗟に差し出したのは、小屋を出るときに引っ掴んできた壺。黄色い鳥が、翼を広げた模様の壺だ。投げられた何かは、壺の中へ綺麗に収まった。

「お上手ぅ!」

 ひゅう、という口笛が聞こえたかと思うと、モモが飛び出してきて、ペシェを壺ごと抱え、凄い速さで小屋から離れた。

「うわああ!?」

 すわっ、と体が浮いて、引っ張られるように、いや実際は抱えられていたわけだけれど、とにかく風のように、ペシェはそこから移動していて、次の瞬間には林を抜けたいつもの原っぱに立っていた。

「はー、危なかった!」

 太ももに手を置いて、モモは大きく息をついていた。見たところ、どこにも怪我はなさそうだけれど、全体的に土埃に汚れている。

「な、なに今の……」

 茫然と呟くと、モモはそれには答えずニヤリ、として、速かったでしょ、と言った。

「あ、そうだこれ」

 ペシェは抱えていた壺の中から小さな赤い箱を取り出す。モモが小屋の穴から投げたものだ。

「ありがと!いやー、ホント助かったわ、ペシェ。あそこで叫んで知らせてくれなきゃどうなってたことか」

「あ、いや」

 本気の調子で感謝されて、ちょっと面映ゆい気持ちになる。同時に、凄く満たされた気持ちにもなった。

「透明な絵具、あったの?」

「あったの」

 モモは嬉しそうに箱の中をちらり、と見せてくれた。緩衝剤としてなのだろう、おがくずが詰まったところに、小さな小瓶が入っていた。

「ところでペシェ、その壺何よ?」

「うん、さっきの小屋に並んでたのを、一個持ってきちゃったんだけど……、これさ、割れた学校の壺と同じだったんだ」

 あの小屋、いや本当はアトリエと呼ぶべきなんだろうか。あそこで作られたものだったのだ。

「あのさ、だからってわけじゃないんだけど……、これ、返すよ」

 ペシェは、60ベラを手のひらにのせてモモの前に差し出した。

「僕、何の役にも立たなかったし……」

「そうなの?」

 少し、視線を落としたペシェに、モモが静かに尋ねた。そうなの?役に立たなかったからって、お金を返すの?

 ペシェは、顔を上げた。営業スマイルではない笑顔を、モモに向ける。

「モモの仕事を手伝ってあげたのは、モモの友だちだからだ。友だちからお金をもらうのは、おかしいからね」

 モモは、にっこりした。ペシェに向けた、自然な笑顔だ。

「うん。そういうことなら、返してもらっとく」

 硬貨が、モモの手に渡ったとき、ペシェは、唐突に、モモとはここでお別れなんだ、とわかった。わかったけれど、訊かずにはいられなかった。

「ねえ、モモとはもう会えないの?」

「んー、結構高い確率でまた会えると思うよ?なんか、あたし、ココと相性いいらしいしさあ」

 小首を傾げて、そんな、よくわからないことを言ったあとで、モモはそれに、と付け加えた。

「友だちなんだから」

「……うん、そうだね」

 その理屈も結局よくわからないと思ったけれど、ペシェはうなずいた。

 

 

* * *

 

 

 モモは、充分な助走をつけて、空へ跳び上がった。

 すわっとした浮遊感。

 目の前が、ぐうん、と開けた。

 空(そら)を駆けながら、小瓶の口を開けて、空(くう)を撫でるように手を動かすと、小瓶の中の透明な液体は、じわじわと、青く染まった。深い深い、青に。

「吸込青の絵具、入手完了」

 風のように囁いて、モモはさらに高く空を駆けた。