カグの樹の脚

つばめ綺譚社の紺堂カヤの小説『カグの樹の脚』を連載形式で順次公開してゆきます。

連載第十回 出生

 兄妹、という設定付をしてしまった以上、仕方のないことだとは思うが、この狭い小屋に同年代の女性と二人で過ごす、というのは気まずいものがある。と、いうエルマーの心配を知ってか知らずか、モモは何のこだわりもなくあっさり横になり、仮眠を取り始めた。小屋には寝台も何もなかったため、床に転がることになるが、それにも躊躇った様子はない。危機感がないのか猜疑心がないのか、はたまた相方を男と思っていないのか。そんなことを考えるのもバカバカしくなって、エルマーもまた横になって瞼を閉じた。

 何かが香ばしく焼けている匂いで目覚めてみると、肩も背中もバキバキになっていてひどく痛んだ。

「ああ、おはよう兄さん」

 木箱のようなものを組み合わせた上で、パイのようなものが湯気をたてていた。匂いのもとはこれか、と思う反面、いつの間に、と不思議になる。

「さっき、ダガーさんが持ってきてくれたんだ」

「……そのときに起こせよ……」

「いや、起きないと思わなくて」

 仮眠、という行為そのものに慣れていないことが見透かされている気がして、エルマーはまた軽く舌打ちをした。それに苦笑したようだが、モモは特に何も言わなかった。

 椅子として使うのも木箱のようなもののようだ。エルマーはひとつを引き寄せて、パイの前に座った。モモが自分の分を一切れ取って、お好きにどうぞ、とばかりに押して寄越す。

「もうすぐ日が暮れるけど、どうする?順番に眠りながら見張る?」

「ああ……、でもそれなら同時に仮眠したのは失敗だったな……、というか、本当にやるのか、夜間警備」

 後半は声をひそめて、エルマーはパイに喰いついた。何の肉なのかはよくわからないが、ミートパイのようだ。肉とともに煮詰めてある野菜はタマネギだろう。

「ひとまず今夜くらいはちゃんとやらなきゃじゃない?ホントに襲撃があったら、それはそれで収穫だし」

「収穫ってお前な……」

 こともなげに言うが、一応の訓練は受けているとはいえ、ふたりとも丸腰同然だ。

「力づくでねじ伏せようという短絡的なのが相手なら、もうちょっと違った対応になってるんじゃないかと思うんだよねー。たぶん、あの長老って人も、本当に襲撃してくるとは思ってないんじゃないかなあ。ただ、完全にない、とは言い切れないから見張り置く、って程度で」

「だからこそ俺たちみたいな得体の知れない旅の人間にでも任せられる、ということか。だが、だとしたらその議会派、ってかなり陰険だな。襲撃はないだろう、しかしあるかもしれない、っていう、つまりはどう出てくるのかわからない状況というのが一番精神的に消耗する。それを狙ってる、ということだろ」

「でしょうねー。……意見、一致したね」

 意味ありげにニヤリとするモモの顔を、エルマーは反射的に睨みつけてしまった。どうしてこう反応が軽いのだろう、この娘は。意図的な軽さかもしれないと思えるからこそ、エルマーには妙に腹立たしかった。

「今までに、こういう事案は経験ある?」

 睨まれたことなど少しも気にとめていないように、モモはパイを頬張りながら話を続けた。

「あるわけないだろう、さっきも言ったが、調査任務はお前同様初めてだ」

「いや、そうじゃなくてさ、こういう、不思議な樹ってやつは、他の球にもあるもんかな」

「まあ……、あるんじゃないか」

 エルマーはジャンパーになるまでに叩き込まれた膨大な情報を脳内でさらった。

「どういう基準でどの程度まで不思議、とすべきかは俺に定義はできないが……、樹木を信仰の対象としている人々はあらゆる球に存在している。どの球、と例を挙げるまでもないほど無数で、つまり珍しさはほとんどないわけだな。樹木の形象に何を見ているかには違いはあるが……生命、不死、知恵、多いのはこのあたりか。繰り返し再生する能力がとりわけ大きな要因だろうな。信仰の対象とはいかずとも、祭事の歌やおとぎ話の主軸になっている例も含めれば、樹木にまつわる伝承のない球を探す方が難しいくらいなんじゃないのか。まあ、トルネリコのように、ここまではっきりした〝統治〟と認識されている例は俺も知らないし、おそらく極めて珍しいだろうがな」

「ははあ……、よくご存じで……。そういや神社にしめ縄みたいなの巻いた大きな樹、あったな……」

「ジンジャ?お前、そういや出身どこなんだ」

「ん、108球のー、えーとエリアでいうと数いくつだっけ、日本、って言ってわかる?」

「108球!」

 最大級の規模の球のひとつだ。エルマーはまだ跳んだことがない。あの球を制覇できたら、あとはもうどこへ跳んでも困らない、とさえ言われる。

「108球出身のジャンパーこそ他に知らないぞ……、というか、ああ、お前も不思議な樹に関係が深いじゃないか」

「え?」

「その脚。義足なんだろう。原材料であるカグの樹も、充分不思議な樹だ」

「ああ……、なるほど」

 感心した、というにはだいぶ声のトーンを落として、モモが頷いた。

「複数の球に生息する樹、という意味では奇異なものではないのに、どこの球においても特殊な種の樹として扱われ、しかも生態が明らかになっていないのも同様。ハブのサンスーシ社研究室においても、生息球の完全な把握はできていない状態だ。なにせ、発見してから再調査に向かうと樹がなくなっている、という例も多いそうだしな……木材を使用した義足で世界間を跳べるようになるのだから、樹自体が跳んでいるのではないかという説もあるが、定かではない……、とにかく他に類を見ない樹だ」

 知識としては頭に入っていたカグの樹の特性をさらうと、まさしく不思議な樹の代表であるように思われた。

「あの長老も、お前がトルネリコに気に入られたようだ、と言ってたし、お前自身も何か感じるものがあったんだろう?何かしら、共鳴したんじゃないのか、その木製の脚と」

「どうかな?関係ないんじゃない?」

モモが首を傾げて、笑った。笑ってはいたが、どこか失笑めいた、温度のない笑いだった。また義足への批判をしようとしているのだと取られただろうか、とエルマーが口を開きかけると、その前に彼女の方から話題を変えた。

「トルネリコの詳細はまあここにいれば知ることは難しくないと思うけど、問題は、議会派とやらの方よね。明日の昼間はそっちを調べに行かなきゃだよね。できればそちら、エル……兄さんに任せたいけど」

「なんで」

「お堅い方面の調査、得意そうじゃん」

 ぺろっとそんなことを言うモモの顔に先ほどの感動の余韻は欠片も見えず、なんとなく騙されたような気になる。

「……それは、俺がサンスーシ社にいたからか」

「いや別に?あたしの調査姿勢より堅実だから、合いそうだなって思っただけ」

 肩をすくめて、モモはパイをもう一切れ頬張った。

 それきりどちらからも口を開かないまま食事をして、日が落ちかけた頃にモモが古そうなランプに火を入れた。それもダガーが持ってきてくれたもののようだ。小屋の戸口に木箱を引っ張って行ってそこへふたり腰を落ち着け、ランプは足元に置く。

 巨大樹の方を窺うと、広場の中央に備えられていた燭台には、いつの間にか火が灯っていた。

「ねえねえ」

 モモが足をぶらぶらさせる。小屋の壁で、影が大きく揺れた。

ポタラたちは、どんな任務でここに来てたのかな」

 そういう切り口で尋ねて来るか、と思うのは穿ちすぎだろうか。それでも、ここまで待った上で話題に上らせてくれたのだから、エルマーとしても有難く乗っておくべきだった。

「さあな。ジャンパー同士であっても、任務内容をバラすのはご法度だ。フック社だって同じだろ」

「そりゃそうだけど。ハブ以外の球で同業者に遭遇するって結構レアじゃない?」

「あいつらは抱えてる顧客も多い。どこでどう重なってもおかしくはない」

 サンスーシ社の任務は、あらゆる世界のあらゆる名門とされる限定された顧客から寄せられるものがほとんどだ。それぞれ客によって依頼に個性が出るため、専任担当制でジャンパーを割り当てておいた方がお互いに都合がよい。

「……ロベンが言っていたことが、気になるか」

 話に乗ったからには、避けるわけにもいかないだろうと、エルマーは自分から核心に触れた。

「まあ、気にならないと言えば嘘になるけど」

 モモがほのかに微笑んだ。その顔をできるだけ見ないよう、エルマーは膝の上で組んだ両手に目を落とす。

「俺は、ロベンが言っていたように、イエローストーン家の人間だ。お前がサンスーシ社における血筋の階級をどの程度知っているのかわからないが、おそらく名前だけは聞いたことがあるだろうと思う。サンスーシ社の理事を務める五つの一族の中の、ひとつだ。母はイエローストーン家の長女。父は入り婿で、名門と呼ばれるほどの家柄ではないにしろ、もちろん、純血だ」

 話しながら、エルマーはその内容の空虚さを感じた。血筋。名門。家柄。

「純血の子供は、生まれながらにしてジャンパーだ。技能を身に着けて登録をするまではジャンパーではない、という意識はないに等しい。俺もそうだった。当然のようにジャンパーになるための教育を受けたし、それ以外の道を考えたことはなかった。そして俺はジャンパーになった。17のときだ」

「17?でも、確か、ジャンパー歴は2年だって……」

「ああ、ジャンパー登録したのは18だ。サンスーシ社の規則なのか、単に伝統に則った慣例なのか、登録の前の1年を見習い期間として、身内のジャンパーの補助をする。……ま、身内のジャンパーってのは大抵が親だし、補助というのは名ばかりで、実際は顧客の引継ぎだ。親が抱えていた顧客のすべて、もしくは一部を受け持たされることになるんで、その顧客情報を頭に叩き込み、顧客にご機嫌伺いの挨拶に行く。これが本当に、丸1年かかる」

「うわー……。世界が違うわ。あ、球のことじゃなく」

 ぱっくりと口を開けるモモに、エルマーは苦笑する。そりゃあそうだろう、こんなことをしているのはサンスーシ社だけだ。

 サンスーシ社だけ。この現象を、純血たるサンスーシ社社員は誇りにしてもいるのだけれど。

「この見習い期間に上手くいかない者はジャンパーを諦めるか、サンスーシ社を出るんだが、どっちもほとんどない」

「でしょうねえ。フック社に純血ジャンパーなんて何人いるやら。ホァン社もたぶん同じだと思うけど」

「純血であることとサンスーシ社の社員であることはほぼ同意だからな。これを一対にして、血統の証明だと奴らはのたまう。もちろん、純血であってもサンスーシ社から出る者はいる。さっき言ったように、極めて稀ではあるがな。……だが、その逆はない」

「逆……?」

「純血でない者が、サンスーシ社には入れないし、いられないということだ」

 モモが、エルマーを見て静かに首をかしげているのがわかった。疑問による仕草というよりは、エルマーの自嘲を読み解こうとするように。自嘲。エルマーは間違いなく、そういう種類の笑みを口元に浮かべているはずだと、自覚していた。

「俺は、どうやら純血ではなかったらしいんだ」

「……どういう……?」

「見習い期間を終えて、ジャンパー登録をして、1年が経過した頃だった。俺は、自分でも知らないうちに社内でそこそこの有名人になっていた。ほら、あれだ、目的球誤差ゼロ、ってやつだ」

「ああ……、まあそりゃ有名人にもなるでしょうね」

「口に出すのも恥ずかしい単語だがな、とにかく純血の名門は名誉や栄光が大好きだ。有名になっていくことに俺も鼻高々だったし、両親も喜んでくれているものと思っていた。……だが、違った。両親は、特に母は、俺に注目が集まっていることに不安があった」

「不安?」

「……ふたりがな、俺のことを話しているのを聞いてしまったんだ。父は俺を褒めていた。さすがイエローストーン家の血筋だ、と。母はそれを訊いて、そんな言い方をしないで頂戴あなたの子でもあるのだから、と言った。父は笑って、そうだね私の教育の成果も出ていると思っていいのかな、と返した。……俺は、このやりとりが、なんだか、違和感だった」

 父が血筋を誇る発言をしたのに対して、母の反応は妙に過敏なものだった。それがなんとなく、引っかかった。だから、調べた。

「家の使用人たちに訊いて回ったら、母の結婚の経緯がわかってきた。母は、結婚前に妊娠していたんだ。それを知った祖父が、慌てて、父と結婚をさせた。……つまり、俺と父とは血が繋がっていなかったんだよ」

「……真偽を、確かめたの?」

「母に直接問いただした。母は頑として、俺を父の子だと言ったが、あれは嘘をついている顔だった。俺には、わかる」

 箱入り娘の典型といおうか、母は嘘をつくのが下手だった。それこそが彼女の美徳でもあったのだろうけれど。このときばかりは、なんとしても上手に嘘をついて欲しかった。

「そんなことをしているうちに、どこから漏れたものだか、社内に俺の素性について噂が流れ始めた。父親が誰かわからぬらしい……、それはつまり、純血ではないのではないか、という疑いに繋がる」

「……それで、サンスーシ社を追い出された、とか?」

「追い出されたわけじゃない。自分から出た。まあ、あのままいれば、いずれは追い出されたのかもしれないけどな」

 そう、とうなずいて、モモは何か考えるようにうつむいた。こんなことは、話さないままでもパートナーとはやっていけるだろう、と思っていたのに、こんなにも早く打ち明ける羽目になるとはエルマーも思わなかった。これでパートナー解消を申し出られても、仕方がないことだ。

「あのね、こんな話を聞いてしまったからには、黙っておくのもなあ、と思うから言うけど」

 モモが、うつむいていた顔を上げた。

「あたし、エルマーがパートナーになる直前に、ポタラに頼まれたの。エルマーの仕事の様子を教えて欲しい、って」

ポタラに?」

「うん。エルマーのご両親に頼まれたんだって言ってた」

 それはまったく予想外だった。喜べばいいのか呆れたらいいのか判断がつきかねて、結局どっちつかずに眉を寄せるだけになる。モモが慌てて、まだ何も報告みたいなことはしてないよ、と付け加える。

「戻ってきて欲しいんじゃないのかな?」

「さあな。どっちにしろ、もはや戻りたい、ってだけでサンスーシには戻れないさ。純血の件がはっきりしないことにはな。……それにもう、どっちでもいいんだ。いや、どっちでもいいってことにしたいんだ」

 純血の集うサンスーシ社。その極上の繭から出てみれば、そこは、跳んでもいないのに別世界だった。

「純血こそが真のジャンパーだ、なんて本気で思ってた。でも、フック社へ来てみれば純血であろうがなかろうが、誰もがジャンパーの仕事をしている。歴代最高の依頼数をこなしているピーター殿も純血ではない。俺は、自分が信じていた価値観がバカバカしくなったんだ。……知ってるか?サンスーシ社のハンター任務がどんなものか」

「いや……」

「顧客情報さえ叩き込んでしまえば、依頼はそう難しくない。あのときと同じものを頼む、と言われ同じものを同じ球に取りに行く。それがサンスーシ社のハンター任務だ。リストから依頼を拾う、なんてことはしない。依頼の品を求めて情報収集する必要もなきに等しい」

 ハハッ、と笑い声が漏れた。

「俺は、これまでの自分の価値観を捨てようと思った。純血を貴ぶのも、純血でない者を見下すのも。価値観くらい、すぐ捨てられると思った。……だけど、全然捨てれてない。純血ではないと言われれば純血だと主張したくなるし、義足ジャンパーを見れば反射的に汚らわしく思う。……すまなかった」

「えっ?」

 モモが大げさにのけ反る。そんなに謝罪ができない男に見えていただろうか、などとまた穿ちすぎた考えがよぎる。

「いや、あたしのことは、別に……。慣れてる、ってほどじゃないけど、まあ、たまにあることだし。仕事していくのに支障はなさそうだし。いいよ、捨てなくても。価値観」

「捨てなくてもいい、って……」

「だってさあ、顧客の定番の品を取りに行くだけ、なんてそんな言い方したけどさあ、あたしそんなお偉いお得意様の仕事請け負うなんて絶対嫌だもん。できる気がしないよ。だからさ、今までしてきた仕事は間違っていたんだ、みたいな考え方、しなくていいと思うよ」

 あっけらかんと笑うモモの言葉は、特にエルマーを励まそうとかそういう意図で口に出されたようには聞こえなかった。単に自分の考えを伝えただけだ、というモモの姿勢に、エルマーは改めてこの同僚に関心を抱いた。

「……どうして、ジャンパーになろうと思った?」

「え?」

「俺は、純血の家で生まれ育ったから、ジャンパーになる以外ほかに道はなかった。だが、お前は違うだろう?」

 純血でもなく混血でもない、要するに、ジャンパーの血を持たぬ者がジャンパーとなることを選ぶ理由が、素直に不思議であった。

「んー、それしかなかった、っていう意味では、あたしも同じだよ。あ、失礼、同じではないか。あたし別に名門を背負ってるわけじゃないからねえ。でも、うん、まあ、ジャンパーになるしかなかったんだよ」

 言葉を探すように、また、思い出すように、モモの視線が小屋の外へ向いた。

「あたしはハブ生まれじゃないし、脚をなくすまでジャンパーっていうものが存在することを知らなかったし、それどころか、自分が住んでる世界の他にも世界があるんだってことも考えたことがなかったんだ。まあ、今も異世界って何か、球って何か、って説明できるかっていうと怪しいんだけどさ」

「お前それは……」

「頭悪いんだよ、悪かったなあ!」

 モモはわざとらしく頬を膨らませるが、エルマーが言及したかったのはそこではない。

「いや、脚をなくすまで、って」

「ああ、それかー。あたし、16歳の冬までは脚あったんだよねー。それが、誰かよくわかんないやつに切り落とされちゃって。まあ、生きてただけ幸運なんだけど。このときに両親は殺されちゃってるし」

「っ!?」

 本物の絶句、というやつを、初めてしたかもしれない。エルマーは、まさしく言葉もなくモモの顔を凝視した。そんなふうに、さらりと言えるようなものなのか、と一瞬頭に血が上ったが、ここで自分がモモを怒鳴るのはおかしい。

 そのエルマーの様子を、モモはちらりとだけ見て微笑み、また外に視線を戻した。

「何が起きたかわからなくて、気がついたら目の前に血だらけで倒れている両親がいて。偶然、仕事で跳んできたピーター兄さんがあたしをハブに連れてきてくれて。……気がついたら、脚がなくて。で、そのとき幸運なことに、ちょうどカグの樹の木材が手に入ったところで、これまた幸運なことに、あたしに適合したんだなー。……そういうわけ」

「犯人は、わからないのか」

 当事者であるモモが、どこまでもさらりと、けろっとして、あっけらかんと言うものだから、特別意識しているわけでもないのに、エルマーの声は妙に沈んで聞こえた。

「それが、さーっぱり。心当たりもなければ、手がかりもほとんどなし」

「お前が訊いてた、トクラナという言葉は、これに関係があるのか」

「唯一の手がかり、というやつかな。あたしがあの日、あの場で聞いた言葉……。でもどんな意味なのか全然わからないんだなー」

「その言葉の意味を探すために……いや、犯人を捜すために、ジャンパーになったんだな」

「……別に、それだけのためでもないよ」

 ようやく、というべきか、モモは少しだけ表情を硬くした。

「両親亡くしたってことは、自分で稼いでかなくちゃいけなくなったってことだもの。そこに、こういう仕事があって、ちょうど適正なようだ、って言われたら、そりゃあ乗っかるよ。なるしかないでしょ、ジャンパーに」

「そうだな。……すまない」

「なんでエルマーが謝るのー?」

 あはは、とモモが笑う。その笑みが、エルマーには痛かった。同情ではない。憐れみでもない。いや、むしろ、エルマー自身への憐れみだ。愚かな、自分。

「嫌なことを、思い出させたようだから」

「ううん。だってエルマーにだけ話させといて、自分の話をしないのはフェアじゃないでしょ。それに……そんな嫌なことだと思ってないから」

 唇で微笑んだモモが、ブーツの上から脚を撫でた。無意識のように動いたその手は、義足を労わるしぐさに見えて、けれど決してそうではないと思わせるに充分なそっけなさがあった。エルマーは口にする言葉を、見つけられなかった。モモがうーん、と背筋を伸ばした。

「ねえ、エルマー。眠くないならさ、あたし、先にもう一度仮眠取らせてもらってもいい?適当なところで起こしてよ、交代するから」

「……ああ、構わない、寝ろよ」

 先に眠れ、と言われてもとても眠れそうにはなかったので、モモの申し出はむしろ有難く、エルマーは快諾した。

 気遣うべき相手に気遣われたのだ、とエルマーが気がついたのは、すでに横になったモモが背後で寝息を立て始めてからだった。

 

次回更新は4/20頃の予定です