カグの樹の脚

つばめ綺譚社の紺堂カヤの小説『カグの樹の脚』を連載形式で順次公開してゆきます。

連載第十五回 着地、そして、次の空へ

 それからハブに直帰できたわけではもちろんなく、モモとエルマーは第九八球に戻ってトルネリコ周辺がどう解決したかを見届けた。

 姿を表せばいろいろと説明が面倒になりそうだ、という意見の一致の元、少し離れた地域で衣服を調達し、変装した上でこっそり遠巻きに事態の収束を観測した。

 結果からいうと。北東地方の行政は、議会に収束されることになった。

この方針については、住民投票で決定された。「選挙で選出した議員による議会で行う」「選挙で選出した議員がトルネリコの意見を議会にかける」「議会は解散し、トルネリコを中枢に置く」の三つの選択肢が出され、およそ九割というすさまじい投票率住民投票の結果、「選挙で選出した議員による議会で行う」と決定されたのである。

 そこまでを確認して、モモとエルマーは、任務は完了と判断し、ハブへ帰還した。

第九八球における調査任務の報告書をエルマーが書き、モモはクイーンにどやしつけられながら脚の検診を受けた。

 その直後、モモとエルマーはポタラの訪問を受けた。真っ青な顔をして平謝りするポタラに、モモはひたすら恐縮し、エルマーはロベンを出せ、と自分が被害に遭ったわけでもないのに激怒していた。

 おそらくそうであろうと予想はしていたが、ロベンがモモを身代わりにしたのは彼の勝手な判断と行動だったらしい。で、あるから、ポタラが謝罪に来ることはないだろうと思うのだが。

その、ポタラの去り際、エルマーが彼女に声をかけていた。

「……俺の様子の報告を、こいつに頼んでいたらしいが」

「こいつ、ってあたし?」

 というモモの突っ込みを無視して。

イエローストーンの家には、自分で顔を出す。おかしな伺い方をするな、と伝えておいてくれ。……家族に」

「……わかったわ」

 ポタラは美しく微笑んで、エルマーにうなずき、モモに目配せをした。

「じゃあ、一個任務終わったんだし、行ってきたら?」

 ポタラが去ってから、モモがそうすすめると、エルマーはおなじみの渋面を作ってバカか、と吐き捨てた。

「ひとつ任務が終わるたびに実家帰っててどうするんだ。俺はフック社のジャンパーだぞ」

「……つまりそういう決着のつけ方をしたんですかい?」

 吹っ切れた、というやつなのだろうか。モモがエルマーの顔を覗き込むようにすると、彼は心底嫌そうな目を向けてから、それでも、生真面目に答えた。

「純血であろうがなかろうが、俺はジャンパーだ。それは変わらない。どんなジャンパーになるかは、俺次第だ」

 本質を見失ってはいけない。その戒めを、自分にも適用したということなのだろう。

 そう、モモとエルマーはジャンパーだ。純血であろうとなかろうと、義足であろうとなかろうと。

「何ニヤニヤしてるんだよ」

「別にー?」

 エルマーはふん、と鼻を鳴らしてモモを睨んだ。初めて顔を合わせたときのような険悪さはないものの、モモへの態度は決して友好的ではないままだ。

 それはそれでいいと、思っているけれど。モモもまた、初めて顔を合わせたときのような不安は、感じていない。

「次から、任務のついでに個人的な調査をさせてもらえるよう、許可を取っておいた」

「へ?何それ勝手だなあ!」

 許可を申請したい、ではなく、取っておいた、かい、とぼやきながら、モモは示された通信端末の画面を覗いた。そして、絶句した。

『特別調査許可:第一〇八球において発生した、フック社モモの両親殺害に関する調査。正体不明の犯人の捜索を含む。 許可対象者:モモ&エルマー』

「心当たりも手がかりもない、とお前は言ったが、今から見つけられる手がかりだってあるかもしれないだろう。……受け入れられる覚悟ができたなら、せめて知ろうとだけはしてみたらどうだ」

 やはり、というか、目は合わせないままでつらつらそんなことを言うエルマーの横顔を、モモはぽかんと、口を開けて眺めてしまった。

ちら、とモモに視線を落として、エルマーはごく平坦に訊いた。

「異存があるか?」

「……ありま、せん」

 それ、ウィリアム社長のマネ?と混ぜっ返す余裕は、さすがのモモにもなかった。

 

 

  • * *

 

 

 モモとエルマーは、手を繋いだ。歩幅を合わせて助走をつけ、高く跳び上がった。

 すわっとした、浮遊感。風が駆け抜けてゆく感じ。

 甘いような、酸っぱいような、果実に似た香り。

 目の前が、ぐうん、と開けた。

 

 

 『カグの樹の脚』──了