カグの樹の脚

つばめ綺譚社の紺堂カヤの小説『カグの樹の脚』を連載形式で順次公開してゆきます。

2016-01-01から1年間の記事一覧

連載第五回 モモ、20歳。

母の顔が、思い出せない。 父の顔も、思い出せない。 液体に半身をひたして手を伸べる母の顔は、長く黒い髪がうねうねと覆い隠してしまっていたし、父は後頭部をこちらへ向けていた。 寒かった。 こめかみだけが温かく、鼻がツン、と痛んで、自分が泣いてい…

連載第四回 友だち

丘は、半分ほど上がると、木々が深く林になっているところと、開けて原っぱが広がっているところに分かれる。ペシェとメロはいつも、原っぱの方で足を止めていた。メロはよく、ここで写生をする。 「じゃあ、あっちの、木が多い方にはあまり行かないんだ?」…

連載第三回 ドーナツとネクターと

近道と言ったのは嘘ではないけれど、脇道を選んだのには別の理由もあった。丘に向かうにはペシェが通う学校を越えて行かなければならない。通学路になっている大きな道の周囲は、同級生たちに出会う確率が高かった。できるかぎり、遭遇は避けたい。 どんなに…

連載第二回 透明な絵具

翌日の朝8時ちょうどに、時計広場へ行くと、モモはすでにやって来ていた。ペシェの顔を見るとちょっと眉を動かしたが、何も言わなかった。昨日の、親しげな感じとは随分違う。 「おはよう……」 「おはよう」 挨拶は返してくれたので一応は安心して、ペシェは…

連載第一回 空からおりてきた少女

吸込青(すいこみあお)、という色がある。 真夏の昼過ぎ、いちばん日差しの強い時間の、入道雲のむこうに広がる空の色である。ほかの色という色を、すべて吸い込んでしまった深い、深い青は、空を見上げる者の視線を捕らえる。 古代よりこの色は人々の心を…

『カグの樹の脚』~世界間を跳ぼうプロジェクト~

「ジャンパー」という、あらゆる世界を旅して物品や情報を集める仕事をする者たちがいる。モモは、そうしたジャンパーのひとりである。世界の間を跳びながら、彼女には探したいものがあった……。 紺堂カヤのファンタジー小説『カグの樹の脚』。 2015年、つば…